MR-Sの歴史
2007年5月に販売終了したMR-Sの歴史
- 1995年
- 10月、東京モーターショーでMRJが発表される
- 1997年
- 10月、東京モーターショーで発表。2年後に発売されたMR-Sとはデザインが違っていた
- 1999年
- セントラル自動車で製造開始
- 10月12日発売。取扱店 ネッツ、ビスタ
168〜198万円(S2000は338万円)。ボディ7色×シート3色が自由に組み合わせられる。幌は手動開閉式、後部はガラス。MR-Sの登場によりMR2が生産ラインから姿を消した
1999年カーオブザイヤーの選考対象車。1位ヴィッツの518点に対して、MR-Sは60点だった
- 2000年
- 8月、世界初のシーケンシャル5速マニュアルモデルを追加。ステアリングのボタンでもシフトチェンジできる
Vエディション追加
- 2002年
- 8月2日、マイナーチェンジ
178〜225万
「まちがいだらけのクルマ選び」の徳大寺有恒はMR2、MR-Sを絶賛している。2002年の月間平均販売台数は178台(ロードスターは245台)
横浜スタジアムのリリーフカーには、助手席を改造したMR-Sが使われている(2003、2004、2005シーズンも使用されている)
この仕様外観のラジコンが発売されている
→MR-Sのコレクターアイテム
- 2003年
- 6月、ロッテブラックブラックガムのスッキリドライブキャンペーン賞品として黒を基調としたオリジナルデザインのMR-Sが1台製作された
2003年の月間平均販売台数は145台(マツダロードスターは127台)
日本以外での2003年、年間販売実績3,000台。価格273万円
- 2004年
- 2月3日、剛性アップのための改良を施し重量が30kg増え1,020kg(6SMT)となる。1トンを超えたため重量税が37,800円から56,700円(初めの3年分の総額)に上がった。Bエディション廃止
5月1日、ネッツ、ビスタが合併。Netz取扱車種となる
12月、ZERO CROWN のCMに黒、左運転席のMR-Sが登場。 - 2005年
- 米国での販売終了。日本国内の販売も終了するとベストカー2004年12月26日発売号は書いている
2005年10月18日以降製造分の6速シーケンシャルMTが後にリコールとなった。
- 2007年
- 1月9日 MR-Sファイナルバージョン 発売(特別仕様車 限定千台)
- 1月末、ベース車の生産終了
- 4月4日確認、トヨタのウェブサイトからMR-Sのページ http://toyota.jp/mr-s/ が削除されていた
- 5月、ファイナルバージョン1000台の販売が終了
- 6月17日、トヨタミッドシップスポーツヒストリー展終了
- 7月11日、生産終了 ラインが解かれた。MR-S通算生産台数は78,039台だった
- 2009年9月16日
- リコール届け出
- 2011年
- セントラル自動車が相模原市から宮城県へ移転 すべてのMR-Sが生まれた場所からなくなった
*参考資料
月刊自家用車(内外出版社)2003年3月10日号、2004年3月10日号、5月26日号
ベストカー(三推社)2005年1月26日号
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Copyrightしらべる 今日の更新 初出2007年4月 最終更新 2013/11/17