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えひめ丸沈没事故

最終更新 2011/11/13
2001年2月10日(現地時間9日)、ハワイダイヤモンドヘッド沖18kmの地点(潜水艦訓練海域外)で愛媛県立宇和島水産高校の実習船「えひめ丸」に米国原潜「グリーンビル」が衝突、えひめ丸が沈没した。この事故でえひめ丸に乗っていた乗組員、実習生合わせて9人が行方不明となったまま。グリーンビルは事故の際、民間人2人が操舵席に座りソナー室にも民間人が入っていた。

休暇でゴルフ中だった森喜朗首相が、第一報を受けた後もプレーを続けたことが非難の的となり退陣の大きな要因となった。
30分ルールという言葉が話題に上った。
ワドル艦長が事故後しばらくの間、謝罪しなかったことが反感を買った。

米国原潜が日本船を沈めたのはこれが2例め。1981年5月、ジョージワシントンが日昇丸に当て逃げ2人が死亡している。

【 時系列の記録 】
3月5日 海軍の査問委員会開始。日米専門家会合が船体引き上げで合意
3月8日 ワドル前艦長が査問会議を傍聴していた被害者の家族3人に会場で直接謝罪
10月16日 船内で初めての遺体発見
10月25日 行方不明者9人中8人めの遺体発見
11月25日 ホノルル沖20キロ 2,000mの深海にえひめ丸は沈められた。お一人の遺体は発見できなかったが、ご両親は了承したうえでこの現場に立ち会った。

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Copyright しらべる 初出2001年12月