しらべる政治 経済 行政

石原慎太郎


【 いしはら しんたろう 】 東宝−作家−衆議院議員−作家−東京都知事−衆議院議員−作家
血液型AB

【 石原慎太郎の略歴 】

1932年
9月30日、汽船会社重役 石原潔の長男として神戸市で生まれる。
1952年
4月、一橋大学法学部入学。
1956年
1月「太陽の季節」で文學会新人賞、芥川賞受賞。
1968年
参議院議員全国区初当選(トップ当選)。
1972年
衆議院議員当選〜以後8回連続当選。
1873年
7月、故・中川一郎らと派閥を超えた政策集団「青嵐会」を結成。
1975年
4月、東京都知事選出馬、230万票を獲得したが、現職の美濃部亮吉に敗れる。
1976年
12月、福田内閣で環境庁長官就任。
1987年
11月、竹下内閣で運輸大臣就任。
1989年
8月、自民党総裁選に出馬 敗れる(海部俊樹が当選)
1990年
長男伸晃衆議院初当選。
1995年
4月、国会議員在職25周年表彰の本会議場の演壇で衆議院議員(任期途中)辞任表明。
1999年
4月、東京都知事当選就任。166万票獲得(得票数の30%、全有権者の17%)
戦後の東京都知事
ロードプライシング首都移転反対羽田拡張国際空港化、お台場カジノ構想など目新しい政策を展開。都営地下鉄12号線を大江戸線と改名させた。
2000年
2月、外形標準課税導入案発表。
2001年
1月、ニュースステーション調査「田中眞紀子と並び国民の10人に1人が今後の日本を任せられる人材とした」
3月31日、スポーツ報知「7月の参院選後 都知事を辞職。石原新党を結成する可能性がある」と報道。
11月、ホテル税導入案発表。
11月、「国会等の移転に関する特別委員会参考人招致。
2002年
4月18日、自民党野中広務と会談。国政復帰始動を示唆する。
2003年
3月7日、東京都知事選 出馬表明。
4月13日、都知事選に再選される。308万票獲得。
2006年
8月、東京都が2016年夏季五輪開催地 国内立候補都市となる。
9月25日、テレビ番組「さしのみ」でみのもんたに問われ3選立候補の意向を口にした。
2007年
4月、東京都知事3選 前宮城県知事浅野史郎との一騎打ちを制した。猪瀬直樹を副知事に起用。
2011年
4月、東京都知事4選  →東京都知事選挙
2012年
10月、都知事を辞職。後任には猪瀬直樹副知事を推した。
11月13日、太陽の党設立。
11月17日、日本維新の会と合併。日本維新の会代表となる。
12月16日、第46回総選挙 比例区で当選。
2014年
6月「私の海」幻冬舎 遺言に「葬式不要、戒名不要、わが骨は必ず海に散らせ」と記したことを紹介している。
12月の総選挙で落選 政治家を引退。

毎日1話ブログ「しらべるが行く」

Copyright しらべる 最終更新 2015/1/12