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ジャンボ鶴田

最終更新 2003/6/3  プロレスの歴史
元プロレスラー。故人

1951年
3月25日、生まれ。
1972年
レスリング、ミュンヘン五輪代表。
馬場に誘われ全日本プロレス入り。本名、鶴田友美でデビュー。その後リングネームを公募、ジャンボ鶴田と名乗る。
4種類のスープレックスを駆使して、NWA王座初挑戦では、独自の技フロントスープレックスでジャック・ブリスコからフォールを奪う。プロレスファンに「新人がなぜここまでできるのか」と感銘を与えた。
日本人では初めて、AWA世界王座を獲得。
1992年
肝炎が発覚、試合数を減らす。
1999年
3月、引退。
2000年
5月13日、肝臓癌で逝去、享年49歳。
 1970年代半ばまでのプロレスは、日本人エースはシリーズの最後には勝つものと決まっていて、それがプロレスは「八百長」といわれる一因だった。しかし、肝心の試合でも全力を出しきった挙げ句負けてしまう鶴田は「プロレスも筋書きのないドラマだ」という価値観を生んだレスラーだった。
彼の試合はファンにとって親戚のレスラーを応援するような一体感があった。

ジャンボ鶴田公認サイト

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