しらべる>プロ野球用語事典>那須野巧
【 なすの たくみ 】 標準の3倍を超える契約金を得て入団したNPB選手。
駒場学園高校−日本大学−横浜−ロッテ 投手 左投げ左打ち 身長192cm
【 那須野巧の略歴 】
- 1982年
- 10月4日、東京都生まれ。小2から野球を始める。
- 2004年
- 9月、阪神、中日を断り横浜入団が有力と報道される。
10月に入り、9月に裏金問題で一場を断念した巨人が挨拶したが断られ、結局三木均を獲得。
10月13日、東都六大学リーグ東洋大戦、2004年春から10連勝、それまでのリーグ記録9を更新。その後、記録は10で止まった。
ドラフト逆指名で横浜入団。
- 2007年
- 4月、契約金を最高標準額1億5千万円の3倍を超える5億3千万円受け取っていたと公表される。年俸も新人選手の最高額設定1500万円の2倍に当たる3千万円を受け取っていた。
発覚後も那須野は通常どおり試合に出場。主に中継ぎで起用された。シーズンを通して目立たぬ成績。応援する者、そうでない者を共に呆れさせた。
- 2008年
- 開幕から先発ローテーションに入る。
一場靖弘と並んで、横着、厚顔無恥な選手は大成しないことを立証しつつある。
- 2009年
- シーズンオフ、斉藤捕手と共に清水直行との2対1トレードでロッテへ移籍。
- 2010年
- 一軍登板機会無し
- 2011年
- 一軍登板機会無し シーズン終了後、ロッテを解雇された。
横浜と那須野は、一場靖弘に裏金を渡した問題で自球団のオーナーが辞任した後、事を進めていた。問題発覚後、横浜佐々木社長は「裏金と契約金は違う。契約を履行するのは当たり前」と開き直った。
発覚後、那須野には目立った変化はなかったが、責任のない大矢監督が頭を丸めた。
NPB事務局は「契約金は標準額なので(守らなくても)強制力はない」と慎重な発言に終始した。
〜2007年5月記〜
Copyright しらべる 初出2004年10月 最終更新 2011/11/8