大田泰示


【おおた たいし】 ようやく芽が出かかっているNPB選手。
東海大相模高校−巨人 外野手 右投げ右打ち 身長188cm

1990年
6月9日、広島県三次市生まれ。
2004年
12月、広島県福山市民球場で行われた巨人主催の野球教室で原辰徳に打撃を褒められる。
2005年
原辰徳の母校 東海大相模高校(神奈川)に入学。2年までは三塁手、3年から遊撃手。
2008年
10月15日、大学進学を表明していたが一転、プロ志望届けを提出。
10月30日、ドラフト会議で希望球団の巨人と福岡ソフトバンクホークスから1位指名を受け、抽選で巨人が交渉権を獲得。抽選で4連敗だった原監督が左手で引き当てたが、秋山監督が引いたあとの残りくじだった。
11月15日、背番号が松井秀喜退団後欠番にしていた55に決まる。
2009年
4月24日、イースタン・リーグで1号本塁打
6月21日、代打で出場。ロッテのシコースキーと対戦して三球三振。
6月26日、9回から三塁手で出場。守備機会のサードゴロをさばいた。
11月14日、日韓クラブチャンピオンシップ 9回に代打出場して三振。
2010年
原監督は三塁のレギュラーに成長することを期待していたが伸びず。一軍で打席に立ったが、今年もヒットすら打てなかった。
オフシーズン、原監督は「小笠原を一塁に固定して、亀井義行と大田で三塁を競わせる」と公言した。
2011年
5月19日、決勝点となるプロ安打打点 塁上で「ボールください」と三度繰り返す映像が何度も放送された。翌日には原監督から「今日は、もうボール要らないのか?」とからかわれていた。シーズン半ばからセンターにコンバートされた。
2012年
プロ入り4年め 外野手登録1年め 遅くとも大卒1年めに当たる5年めまでにはレギュラーになってもらいたい。
9月1日、7番ファーストで先発出場。3安打3打点でお立ち台に立った受け答えは落ち着きを備えていて、精神面の成長をうかがわせた。
9月23日、プロ71打席めで本塁打。ヤクルト戦1点リードの8回 ソロ 東京ドームレフトスタンド上段に運んだ。前試合レフトポール際に特大のファウルを打ち報知の一面を飾っていた。試合後はD・J・ホールトンの後にお立ち台。打順7番
2013年
大半を二軍暮らし。シーズン終了後、背番号が44に変更された。
2014年
プロ6年め。8月後半から代走・守備要員として一軍に定着。44試合出場。
8月27日、敬遠。次打者は投手だった。
9月27日、4番打者 セリーグ優勝決定翌日、主力を休ませた試合での4番だったが、メディアは「第81代4番」と謳った。
クライマックスシリーズ出場 すべて途中出場で4打数2安打
2015年
開幕前は「今年こそ4番候補」と言われたが、伸び悩んだ。
2016年
シーズンオフ日本ハムにトレードされた
大田、公文克彦⇔吉川光夫、石川慎吾

2014年9月19日撮影 代走で出場。ファウルで1塁へ帰塁する。

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世界の平和実現 Copyrightしらべる 今日の更新 初出2008年11月 最終更新 2016/11/3