しらべるプロレスの歴史

ヒクソン・グレイシー


グレイシー一族の三男。「400戦無敗」と言われ続けた格闘家。名勝負を重ねることなく終わった

【 400戦とは? 】
“400戦”の内訳は ブラジル国内のヴァーリ・トゥード、柔術の試合でまず100。その後ロサンゼルスに移住、サンボ・レスリングの試合で300。これ以外に、道場マッチ・街の喧嘩も“400戦”に含まれている。
勝てそうな相手としか対戦しないという風評がある。
2002年8月、UFOレジェンドでニッテレが画面に出したスーパーは「450戦無敗」に増えていたがまた街でケンカでもしたのだろうか。その後2003年12月の報知では「400戦」と表記されていた。「1000の顔を持つ男」と同じくらい曖昧なデータ。

ヒクソンの略歴

1959年
11月21日、ブラジル生まれ。
1997年
10月、高田延彦を破る。
1998年
10月、再度高田延彦を破る。
2000年
5月26日、船木誠勝をKO。対日本人8戦全勝。船木はあっさり引退。ヒクソンもこれが最後の試合となった。
2001年
2月9日、長男ホクソンがバイク事故で死亡。
新日本プロレス(長州力)、PRIDE桜庭和志)、コロシアム2001(小川直也)が交渉した結果2001年11月3日、小川直也との対戦がいったん内定。しかし長男の事故死で、このまま引退かと推測された。
2002年
4月26日、「21St CENTURY WARRIOR'S SPIRIT」 ヒクソン・グレイシー写真集+プライベート映像DVD付発売。
5月、小川か永田裕志(新日本)との対戦が内定したと報知新聞が報道した。
*報知新聞2001年12月29日刊
8月8日、UFOレジェンドのリング場で挨拶「この2年大変だったがもう大丈夫」と復活宣言。
12月24日、報知新聞が「ダイナマイト(K1)で引退試合、相手はタイソンを指名」と報じる。
12月31日、ダイナマイト、リング上で曙、ボブ・サップに花束を渡す。
2007年
現役引退
2010年
9月、著書「無敵の法則ヒクソン・グレイシー」出版


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Copyright しらべる 最終更新 2011/11/9